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罪と罰~男の手でイカされて

一人の時間が少しできたので、最近お休みしていた過去の話を少し続けてみます。
読みたいという方もいらっしゃるし、U子様、S様の意向でもあります。


以前に一度書いてアップしてないものをまとめ直しています。
2週間前にこれを書いた時とも、すでに自分の気持や、読んで下さる方の予備知識が違っているので、今のブログの状態にしっくりはまらないような気もするのですが、むしろ当時の気分に近いものかもしれません。

4月30日にアップした「ストーカー ~ 罪と罰」の直接の続きにあたります。

その記事で書いたように、私は、もう2度としないと約束したU子へのストーカー行為の再発を、SさんとGさんに押えられることになった (当時の私の認識に従って「様」を使わずに以下書いていきます) 。

結局、私の調教のきっかけになったのは、自分のストーカー行為を逆手にとられたことにある。
今の私にとっては、それは決して不幸の始まりではないが、一般的に言えば、身から出た錆で調教の罠に捕えられたということになる。

取り押さえられた時点での私には知るよしもないが、Gさんは、SさんのSM関係の知り合いで、男性に女性化した受け身のセックスを教えこむのが趣味で、その経験が豊富で、上手な方だった。

そして、そのときに二人の打ち合わせどおり、私はGさんにお尻を犯された。

犯されるといっても、そんな簡単にできたわけではない。
拘束された上、アナルプラグとローションを使ったかなり巧妙な手段で、肉体的な受け入れの準備をさせられた。
そして、ついにGさんのペニスで最後、犯されました。

実は、そのときの記憶は、とぎれとぎれしかない。
入ってくる瞬間の生生しい記憶というものはないのだ。
恐らくあまりのショックがそれを自分の記憶から消しさろうとしたのだと思う。

言えるのは、そのときは快感というものは何もなかったということだ。
疼痛と屈辱だけが私を焼いていた。


無理矢理犯されたこと以上に屈辱だったことがある。

それは、そこにいないU子を二人が別の形で私の屈辱に参加させたことだ。
SさんのマンションにあったU子の洗濯物のパンティとストッキングで猿轡をされた。
アナルプラグをされたままU子の生理用ショーツを穿かされた。
その上からGさんにねっとりと愛撫された。
そして私は、快感のあまり射精してしまった。

そうやって3度イカされた。

一度射精して、もう興奮しないと思ったのに、性感を無理矢理、目覚めさせられた。
Gさんに首筋にキスされたり、乳首を刺激されたり、ショーツの上からペニスを優しく愛撫されたりすると、快感にもだえてしまった。
G様の得意なじらしのテクニックが存分に発揮された。

最後のとどめは、U子がS様に縛られたままセックスされてよがっている姿をビデオで見せられ不覚にも興奮させられながら、Gさんの手でイッてしまったことだ。
目をつぶっていても、聞こえてくるU子のよがり声とともにイッてしまっていた。

「男扱い」に慣れているG様にとって、そうやって私を自分の意思に反してイカせることは訳もないことだった。

いくつもの大きなショックで私は打ちひしがれていた。

お尻を犯されたこと。
男の手で感じてしまい、全身の愛撫とペニスへの刺激で何度も射精させられたこと。
自分の恋人を寝取った男の前で、彼女の下着を咥えさせられ、着けさせられてイッてしまったこと。
恋人が自分より強い男に征服され悦んでいるビデオを見、その声を聴きながらイッてしまったこと。

何もかもが異常だった。

そしてそれは単なる始まりでしかなった。


============
G様と家でいっしょにいると、この手の話は、どうしてもなかなか気分的に書けないのですが、今日は幸か不幸か、一人なので少し進めることができました。

続きはまた書いていきます。

ホルモンと2つの転機

私が女性化の調教を受けるにあたって、ホルモン治療は2度決断の大きなステップになった。

ホルモンを始めたのは昨年12月のはじめ。

S様とG様が、ストーカー行為をした私を脅し、6月から女性化の調教をはじめたときに理由として言ったのは、私のU子への執着を完全に断ち切らせるためというものだった。
そして、半年たって、心と体からU子への思いが微塵もなくなったのがはっきりしたら、後は私の自由だと言われていた。

その半年の12月がやってきた。
S様、G様の言葉に嘘はなかった。
U子への思いよりも、G様とのセックスを心待ちにしている様子を見た二人は、私にその心境を確認すると、これから先は私の自由だと言い渡された。
私はここで自由になることができた。

だけど秋以降、特に10月の二人での旅行以来、私はもう、脅されて調教されているという意識はなくなり、自分の意思でG様に調教され、抱かれることを求めていた。
そしてもっと女らしくなりたいと願っていた。

二人になったときその思いをG様に告げた。
G様は、この先続けるなら、ホルモンの摂取になるけどどうするかと質問した。
そしてもし何ヶ月かホルモンを続けたら体の上で後戻りできないとも。

一晩悩んだ。
結局、調教を続けて下さい、ホルモン治療を受けますと朝いちばんにG様にメールした。

何度も迷った。

でも、もっと女らしくなって、G様の側にいたい、抱かれたいという思いが全ての不安を圧倒した。

体つきを女らしくしたかった。
もっと綺麗に女装したかった。
勃起するペニスも邪魔だった。
女装だけでなく、セックスにおいても。

理性ではどうしようもなかった。
狂っていると思った。
体の中の何かが私を支配していた。

その日の夕方S様、G様同席のもとに改めて意思を確認された。
S様からの指示は、たった2つの次の言葉から1つを選んで言うというものだった。
「これで終りにします」と「ホルモンを始めて下さい」と。

夕方のドトール、3人で座った席。

「ゆきさん、どうしますか」
というS様の言葉が、周りのすべての人に聞こえてしまいそうでどきどきした。

そしてあたりをはばかりながら、

「ホルモンを始めて下さい」

とお願いした。

G様の、そして特にS様のあんな満足そうな顔を初めて見た。

「もう戻れない」

と心の中で思った。

私の背中を押した要素はもう一つあった。
S様とU子が2月に正式に結婚するのを決めたと、少し前に知らされたことだ。
単なる愛人関係だろう、いつか別れるはずだと、自分がそんな状況になりながらもどこか心の底で思っていたことが完全に断ち切られた。
何度目かの絶望が、自分の道はもう女性化を続けるしかないと納得させた。

G様はその場で2種類の錠剤の袋を出して見せた。
そしてそれぞれ服用時間と量を書いた手書きの紙を私に渡した。
抗アンドロゲン剤と、エストロゲンだと説明した。
飲んでみるよううながされ、その場で飲んでみた。
そして袋にあるのは、知り合いから分けてもらった手持ちのもので2週間で切れるから、その間に個人輸入で注文するようにとサイトを指示された。

帰ってさっそくネットで注文をしている自分に、ついに強制ではなく、後戻りできない女性化の道を自ら進んで歩んでいることが痛いほど自覚された。


pills.jpg



最初の1か月は、拍子抜けするほど肉体の変化はあまりなかった。

ときどき睾丸が絞られるように痛み、乳首が敏感になった。
そこから始まった。

そして乳首への刺激が強い痛みになるようになった。

2月にはいると、乳首の下にしこりが出てきた。
そして、それがどんどん大きくなってきた。

前にも書いたけど、いろいろな変化があった。

おちんちんがほとんど勃起しなくなった。
肌が変った。
爪が割れた。
腰のあたりの感じも変った。

疲れやすくなった。
そしてときどき匂いに恐ろしく敏感になった。
アルコールに弱くなった。


精神的にもいろいろある。

脆くなり、情緒不安定になった。
胸に甘酸っぱい思いがするようになった。
涙もろくなった。

ささいなことで、G様の胸にすがって泣くようになった。
そして、そのときに、抱きしめられることの安心感を強く感じるようになった。

そして、はっきり言って、アナルセックスが格段に良くなった。
正常位に邪魔物が消えてきた。
勃起せず、なかなか射精できなくなってきた分だけ、何度もイケるのが普通になった。


そしてGさんからますます離れられなくなった。

12月に引き返そうと思えばできたのに、この後戻りできない道に自分から入っていった。
そしてこの道にまだ入ったばかり。

4月になってまた大きく生活が変った。
G様にまた言われて、個人輸入ではなく、正式にお医者さんに見てもらって、正式にホルモン治療をはじめることにした。

はじめて三人の御主人様以外の人間に、自分が女性化の道を歩んでいることを知らせることになった。

いろいろな質問をされ、念を押された。
このとき迷いのある返事をしてはいけないと思い、遠い未来のことと感じながら、完全女性化の用意があると、はじめて他人に告げた。

ホルモンの勝手な服用が正式な治療となり、もう後暗いプライベートなものではなくて、本格的に女性化に向かっているということを、はっきり意識する。

写真は個人輸入のときに使っていたものの余り。
今は注射を2週間に1回。
病院に行くのは手間だけど、いちいち錠剤を飲む時間を気にしなくてよくなったのは、助かる。
それに、デポ剤だと、一回一回の服用に依存することなく、体の中からホルモンがゆっくりと回っていくという気分がするのがいい。

ストーカー ~ 罪と罰

眠れない。

眠れない理由は分かっています。
アップしようとして携帯に送って見直ししていた記事。
悔し涙のほうの記事。
やっぱりアップすることにします。

時間的には「この人について行くことにした

からの続きです。

U子とSさんの決定的な仲を見せつけられたあと、私はとにかくU子の納得のいく説明が欲しかった。
その突然の夜のことがさえなければ、U子は2年間もつきっあた恋人だ。
間近の結婚を考えていた。
2週間に1度ほどのペースだが肉体関係もちゃんとあった。

一時の気の迷いとして戻ってきてほしかった。
戻ってくればすべてを許して受け入れるつもりだった。

今から客観的に思えば、2週間に1回のセックスとか、まだ恋人のつもりとか、自分が滑稽だが、その時は本気だった。
S様がU子を虜にしていた力のことなど想像できるはずもない。

とにかく二人きりで話をしたかった。
それだけの誠意は欲しかった。

しかしU子は私を徹底的に避けた。
何度もメールし、電話した。

あとはお決まりのコース。

電話は着信拒否になった。
メアドも変えられた。

エスカレート。
結局私はストーカーと呼ばれるものになってしまった。

単に恋人(甘くもまだ私はそう認識していた)と二人で会って誠意のある説明が聞きたかっただけなのに。
何度も連絡をとろうとするだけで人はそれをストーカーと呼ぶ。

悪循環のエスカレート。

どうしても会って話がしたくて、彼女のマンションで待ち伏せした。

彼女はもう自分のマンションにはほとんど帰ってこなくなっていた。
もう何週間もS様のマンションに入りびたりになっていたのだ。

それでも、数日間夕方から夜までずっと待った。
着替えを取りにきた彼女を待ち伏せして声をかけた。
逃げられた。

会社からS様のマンションに向かう彼女をつけ、そのマンションの場所も部屋もつきとめた。
窓の明りを見ながら、気が狂うほどの嫉妬と妄想に苛まされながらも、その場を離れられず毎晩うろつくようになった。

彼女とSさんに現場を押えられた。
これ以上ストーキング行為を行なったら警察に訴えると強く警告され、もう二度と周りをうろつかないと約束させられた。

しかし、中途半端な処断では、ストーカー行為は再発するのが常だ。

自分がどうしようもなく、また同じ行為を繰り返した。
窓を見上げながら、妄想に苛まされる苦しい徘徊

また取り抑えられた。

警察ではなかった。

Sさんと、もう一人私の知らない体格のいい男の二人が私の後ろに立っていた。

ゆっくり話をしようとSさんのマンションに招き入れられた。

期待に反してU子はいなかった。

そしてこのマンションで私の運命が決定的に変わってしまった。

てっとり早く言うと、そこで力づくで拘束され折檻された。
そのときそこにSMの道具がたくさんあること、その効果が分かった。

男二人にいたぶられた。
見知らぬ男が主になぶり役となった。
S様は、その間拘束を手伝ったり、写真をとっていた。

その見知らぬ男に、生まれて始めて、お尻を犯されるという、男として最悪の屈辱の体験をした。
痛みとそれを上まわる屈辱。
屈辱に泣いた。

その見知らぬ男はGといい、先ほどまで私に歓びの涙を流させた愛しい人として、私の隣りで寝息を立てている。
肛歓遊戯 舞の倒錯オナニー編




プロフィール

yukismiling

Author:yukismiling
2009年6月より思いがけないきっかけかで女性化調教を受けています。ホルモン治療中。20代後半。一般会社員→派遣。ブログは調教の一部としてはじめました。

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